GROW UP! 〜マーガトロイド人形繰講座〜




 今日も、鴉天狗がやってきた。毎回断っているのに、それでも毎日やってくる。
「ですが納得できません。自律した人形をつくることを目的としていると言いますが、すでにその目的は成されているのでは?」
 彼女の取材対象は人形師としての私と、私の人形。
 人形が自律していないなら、どうしてこんなに自然に動くのか、ということをはっきりさせたいらしい。
「しつこいわねぇ。だいたい貴女、そうは言うけど自律している、とは欠片も思ってないでしょう」
「はいっ。妖怪なり妖精なり人間を含めた動物なり、なんであれそういった活動する存在であるようには見えてませんとも」
「……」
 あっさりと前言を翻した鴉に軽い怒りを覚えた。口元を綻ばせ静かな笑顔を作る。
「あ、いえ、その、でもですね、働き蟻みたいな感じではあるというか、じゃなくて、自律しているみたいというかあまりにも動作が自然というか。
 感覚的には一個の存在に感じられないんですが、行動を見てる分には自律しているといっても過言でないというか…」
 自分で言っていることに混乱しはじめた様子にため息をついて、でもそれはインタビューを誘導する演技かもしれないとも考えつつ、言葉を返す。
「貴女は新聞を書くのでしょう。言葉一つに振り回されてどうするの。自律という言葉にあてはめようとするから混乱するの」
「はあ」
「自律しているみたい、という貴方の言葉がもっとも正解に近いかしらね」
「その辺りをわかりやすく教えていただけるとありがたいのですが…」
「いやよ。貴女は記事にするでしょう」
「しますとも。記者ですから!」
「そこが嫌なの。『彼女の目標はこのようなもので、それに向けてこう努力しているけれど、一向に成果は上がっていません』なんて記事書かれていい気分なわけないでしょう」
「そこはうまく書くつもりなんですが」
「どう書こうがそこに行き着いちゃうのよ。書き終わっていない手紙は送らないし、できあがっていない料理を出したりもしない。推敲どころかメモ書き状態の事件を、原稿に書き上げる前にそのまま新聞に載せないでしょう?」
「それは、確かにそうです…ですが」
「ですが私は真実を知りたいのです、でしょう?」
「あはは、そのとおりです」
 悪びれずに笑顔を浮かべる彼女を見ながら、カップを傾ける。ここ数日変わらない香りが鼻をくすぐる。
「…お茶をいれる彼女も、貴方のことを覚えたわ。好ましい葉に、お砂糖の量」
「え? いつもお茶をいれてくれる、緑のドレスの人形ですか?」
「そう。覚えたの。…よくもまあここまで通うものよね」
「今日で7日目です。いやー、大抵は3日程度でなんとかなるんですが」
「3日に一度泥棒に入るのもどうかとおもうけどね…」
 以前見た新聞を思い出す。魔理沙が紅魔館に押し入ったところが写真付きで[文文。新聞]のトップを飾っていた。自分自身、藁人形の時は張り込みにやられた。
「じっと張り込みを続けている時と違って、ここはお茶まで出してもらえるのでとても通い甲斐があるというものです」
「貴女、お茶が目的になってないかしら」
「そんなことはありえません。たしかに堪能させていただいてますが、私が欲しいのは真実であり新聞の記事になるお話しですから」
「そう…まあ、そうよね」
 …ちょっと、期待し始めていたんだけど。
 彼女のまっすぐな目には、偽りは見えない。心から記事になるネタを求める記者がそこにいた。
 自分の期待を打ち消し、記者の視線から逃れるべく、彼女をこれ以上来させないための言葉を吐く。
「…じゃあ、条件付きで話してもいいわよ」
「おおっ、条件とはなんですかっ」
 それでも浅ましく期待していたのか。条件なしで語ってくれるまで通うと言って欲しかったのか。
 実際、これ以上通われても辛くなるだけとわかってしまった。ならば、互いの妥協点を見つけて体よく追い出すしかない。
 条件があっても聞きたいってことは、まったく取材に応じない私の所に通う事に嫌気がさしているのだろう。
「記事にしないこと。ありのままを話してあげる。貴女の欲しい真実は手に入るわ」
「ぐっ…そ、それは…」
「いつか、満足のいく自律人形を作れたら記事にしてもらってかまわないわ。その時の為に今話を聞いておいた方が記事にふくらみがでるんじゃない?」
「う、うーん…う、うう…わ、わかりました…記事にはしない、ということで伺います…」
「そこまで苦しそうな表情で頷かないでよ。私もあんまり話したいことでもないんだし」
 本当に素直な天狗だと思う。素直というより、自分に正直なのか。汗を浮かべて、苦渋の表情になる彼女を見て思った。
「し、失礼しました。お見苦しいところを…では早速お聞きしたいのですが、先程私の好きなお茶を人形が覚えたと言ってましたが、あれはどういうことですか?」
「あれは…そうね、順を追って説明するわ。いきなりそれを言っても複雑になるだけだから」


     *****************


「まず、大原則として、人形は私の命令があってはじめて動けるの」
「はい。自律していない、というのは逆に言えばそうなりますね。でも命令って特にしているように見えませんが」
「微量の魔力を人形に流しているとか、見えない繰り糸を指先で操作してるとか、それっぽいこと言ってもいいんだけど…単に口に出して命じる必要は無いだけよ」
「なるほど。頭の中でその手の魔法を構成して、命じてたんですね」
「インタビュー形式の対話がいいの? 今の、わかってて聞いてたでしょう」
「あ、ばれました? なんというか、癖になってしまいまして」
「…まあ、それも自律していると勘違いされる一因なのかもね。勘違いの原因はそれを含めて3つあるけど。残りは、
 長期的な行動を命令することで、命令期間内は動き続ける。これを自律していると勘違いされる。
 上海人形のように、常に、私が半分無意識に行っているような命令を受け続けている人形も自律していると勘違いされる…ってとこかしら」
「命令というのは、やはり一から十まで細かく指示をだしているんですか?」
「いいえ。全てを指示するということは、歩かせるだけでも右足を前に出して、重心を前に崩して、右足が接地したら左足で地面を蹴る…そんなところでしょう? そんなこといちいち考えてられないわ」
「確かにそんなことを複数の人形に逐一命じていたら、頭パンクしますね」
「命令は複合によって簡略化できるの。わかりやすく言うと、さっきの右足左足っていう一連の命令を纏めて、登録する。
 登録するときの名前は『歩行』とでもしておきましょうか。これで、『歩行』を命じることで人形は右足と左足を順番に前に出して進むようになる」
「便利ですねぇ。それ」
「登録した命令を複合して、さらに登録する事により一言の命令で複雑動作も可能になる。
 『持つ』と『歩行』を複合して、『運ぶ』とかね。もちろん、本当はもっと細かいんだけれど、これが基本的な命令の構造ね」
「お茶をいれるような行動はとてもたくさんの行動の組み合わせで成り立っているのでしょうね。それも『お茶をいれる』で登録してしまえば簡単になる、と」
「そのとおりよ。ティーセット、お湯、茶葉の用意から始まって、お茶を貴女の前に持ってくるまで、多分五千を越える命令が纏められているわ」
「五千…ですか。でも生き物の行動を分析すれば、それくらいになるのでしょうか。意識していませんでしたが、体を動かすということは複雑なんですね。ちょっと想像が追いつかないくらいですよ」
「生き物の場合、本能とか習慣で無意識に体を制御できるから、自分がどれだけ複雑な事をしているかなんて考えないものね」
「あれ? ということは、人形はいつも完全に同じ行動を取っていたのですか?」
「そうとも言えないわね。いつも同じティーセットではないし、茶葉はその時飲みたいものを命じているし。
 状況に差異があったり、イレギュラーが起こったりしたら、命じられた行動を取っても結果に変化が起こる。結果を出せなかったりする。
 それを修正したり、状況によって対応するように登録したり、以前よりよい結果が出るのなら以後も再現するよう登録したりする。
 この繰り返しによって、限界はあるけれど、人形は状況によらず結果を出す柔軟性、複数の手段を持つことになる。
 だから、お茶をいれる時、行動がいつも同じとは限らない。お茶を出すときに机に本が置かれていれば、邪魔にならない位置に置かれるわ。
 人形に歩けと命じただけなら、石に躓くかもしれない。でもこうして命令を積み重ねていくことで、人形は石を避けて歩けるようになる」
「転ばないように教えてあげると、石を避けるって、人形が賢くなっていくみたいで可愛いですね」
「そうね。だから人形も日々成長…って言っていいのかわからないけれど、いろいろな事が出来るようになるの」
「私の好きなお茶を覚えてくれたというのもそうなんですね。ありがたやありがたや」
「チッ…流そうと思ってたのに、忘れてなかったか」
「なんか酷いこと言いませんでしたか? あと舌打ちしてませんでしたか?」
「なんでもないわよ? 気のせいじゃないかしら。
 つまり、貴女の好きなお茶を覚えた。いうのは、その…貴女がおいしいって言ってくれたお茶を次も出すように登録したっていうことね。
 だって貴女毎日来るから、そのたびに命令していたら手間じゃない。だからよ。
 ゴホン、ええと、いままで能動的な行動を説明したから、条件や状況に反応する受動的な行動について……」


     *****************


「以上よ」
「ありがとうございました……非常に砕いて説明していただいたと思うんですが、それでも複雑でしたね。メモを整理して理解を深めようと思います」
「勢いで記事にしちゃったなんてことは勘弁してね。そんなわけで、欠片も自律しているなんて言えないのよ。どの子もみんなたどり着くかもわからない道をがんばって進んでいるとこね」
「ということは、もっとも命令を多く受け取っている、貴女の隣の上海人形がもっともその道をすすんでいるのでしょうか」
「……かもね」
「理解の薄い門外の応援は時に無粋かもしれませんが…自律した人形作り、応援してます」
「ありがとう。それじゃ、最後のお茶をいれてもらいましょうか」
「最後って、何故ですか?」
「…? ああ、そうね、自律した人形ができたら再取材に来るんだっけ」
「それもありますが、ネタ探しの合間にでも普通に立ち寄らせていただけたらありがたいのですが…」
「……え?」
「珍しく理路整然と話が進むので私は話していて楽しいのです。もちろん整然としていないせいでむしろ面白い方もたくさん居ますが。
 人の話を聞いてくれて、意味のわかる言葉をかけてくれて……ご存知でしょうが、会話が成立するの本当にめずらしいんですよ?」


「私と話しているのが楽しい…?」
「なにより、お茶が出ます。しかもそのお茶に心遣いがこもっているとなれば、お邪魔したくなるじゃないですか。お話いただいたお返しに、取材中にあったエピソードでもお土産にもってきますよ」
「そう、ね。たまにお客様が来た方が人形のためにいいかもしれない。特に歓迎もしないけれど、また訪ねてきたらお茶くらいは出させてもらうわ」


     *****************


 窓から見えるのは殆ど光を通さない鬱蒼とした森。今頃、送り出した鴉天狗は広い空を飛びまわっているのだろう。
 冷静に送り出せたのは、うれしさ以上に自責を繰り返していたから。
 つくづく、他人と関わるのがへたくそだと思う。
 勝手に期待をして、勝手に見切りをつけて、興味がない振りをして…何様のつもりなのか。
 後悔している。おそらく本心から応援していますと言ってくれた彼女に返したありがとうは、社交辞令以上のものでは決してなかった。
 全て話すといいながら、所々でずらした表現を使ってごまかした。例えば学習するということ。学習するのは人形じゃなく、命令を蓄積した私自身。柔軟になるのは、的確な命令を自然に選択できるようになる人形繰りの為の魔法の構成。
 つまり上海人形が自立人形に近いというのは誤まりだ。私の現状から自律した人形が生まれるとしたら、命令を受ける全ての人形が等しく自律するはず。
 そしてその可能性は限りなく低く、私自身とてもそんな事になるとは思っていない。日常とは別口の研究で自律人形を目指している。
 自律した人形の作成についてではなく、上海人形をはじめとする人形達が自律しているように見えるという彼女の疑問に答えただけなのだから、嘘は言っていない。けれど無言の詐欺に近い。
 付き合いが浅いので断言は出来ないけれど、あの天狗はそれなりに聡い。いずれメモから推測してたどり着くかもしれない。それどころか、気づいていて触れないでいてくれたのかもしれない。
 ため息とともに、少しずつ嫌な気分をはき出す。新しい訪問者……まだ友人と言っていいのかわからないけれど、彼女と繋がりが出来たのだ。沈んでばかりいるのも馬鹿らしい。
 自律という言葉は、自らの意志で動くということ。言葉としては理解している。私自身が確実に自律しているから、感覚的にもわかっているはず。けれど、理解不足と閉鎖性故に、私が把握している自分以外の自律している存在例は少ない。相手の心が完全に理解できる事はないにしても、いわゆる気心の知れた相手、という者がほとんどいない。
 今の人形達を自律に導く、或いは新しく創り出すには、マスターである自分の世界をもっと広めなくてはならないのかもしれない。
 そのためには、他者との交流が必要なのだろう。篭もりきりの生活では、見識が深まりはしても世界が広がることはない。
「でも、人形に囲まれて静かに過ごすのも、私にとっては自然で、好きなことなのよね…魔理沙には出不精って言われるけど」
 今回生まれた新しい交流のように、長く生きていれば変化も生まれる。無理に自分の生活を変える気にはならなかった。
 それすらも、臆病な自分を誤魔化す詭弁なのではないかという想像を振り払う。
「全力で足掻いたりはしないのが、私のスタイルだしね」
 明日も人形にお茶を入れさせよう。この日常が、自律した人形へのきっかけになると信じて。


to be next phantasm


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