贈り物は誰が為に




「そうか、この花は行き場を失った人間の霊が咲かせていたのか……。余り気分の良い物じゃないな」




        東方花映塚after story〜Ending 2〜




 紅魔館で紫の桜餅に舌鼓をうって、住人と弾話(弾幕について語らう、弾幕ごっこをしながら話す、弾幕ごっこ及びお喋りをする等の意)を楽しんだ後
魔理沙は魔法の森の自宅へ戻ってきた。
 家に入った主人を出迎えたのは、数十種はあるだろう大量の花々。
家にあるのは出かけた時に放置したため当たり前なのだが、テーブルに乱雑に積まれた花々はしなびた様子もなく美しい色を湛えている。
水もやらずに数時間経っているというのに、摘み取ったばかりのように水気と生気を輝かせていた。
 その状況は、改めて魔理沙に人間の霊が宿っているという話を思い出させる。
「参ったな、持っておくのも何か気になるし、かといって捨てるのもはばかられるぜ」
 蒐集家の矜持とでも言うべきか、とにかくひたすら摘んできてしまったため、処分に困る。
 常識外の花であるという事を差し引いても、飾るという選択肢は無い。一人で住むには広すぎる程度に家は大きいが、
乱雑に置かれた蒐集品がスペースを圧迫して結局生活空間はギリギリになっている。数えていないが百を越そうかという花を飾り立てるには無理のある家だ
土を掘り返して根から摘んできたわけでもないので、家の周りに植えるということも出来ない。
「……おしつけるか」
 結論が出たので、早速出かけることにする。
普段キノコ狩りで使う大きめのバスケットを幾つか持ち出して箒の柄にひっかけると、魔理沙は隣人の家へと向かった。


        *****************


 普段なら勝手にノブを回す玄関をノックする。
「アリス、開けてくれー」
 加えて呼びかけると、いつもの上海人形を連れてアリスが現れた。
「はいはい、誰だか知らないけど、たいした声帯模写だわ。
けど、あいつはノックなんてしないわよ……あら、魔理沙」
 ドアをあけるなり失礼ながら的を得た言葉と共に驚きを見せたアリスだが、両手で荷物を抱える魔理沙に渋面になった。
 バスケットには飛行中に中身が吹き飛ばないように布で覆いがしてあり、中身はわからない。
けれどアリスに見覚えのあるそれは、キノコ狩りの際に魔理沙が持ち出すバスケットだったはずだ。
「キノコなら間に合っているわよ。というか、使わないって言ってるでしょ」
「待て待て、言うだけ言って閉めるな、こら、贈り物をなんだと思ってるんだ」
「なによ、珍しくノックなんてすると思ったら両手いっぱいの嫌がらせ? ……ちょっと、それだけ荷物抱えてて、どうやってノックしたのよ」
 魔理沙は両腕に一つずつバスケットを提げ、さらに胸元でもう一つ抱えている。
いぶかしんだアリスがドアを見ると、下部に僅かに土がついて汚れている。靴でノックしたと思われる跡だった。
「あんたね……」
「キノコじゃない、キノコじゃないから。ほ、ほら、見てくれ」
 怒りを向けるアリスをなだめようと、魔理沙は抱えているバスケットの布を銜えると、ひっぱった。
「ちょっと、地面に置けばいいでしょ、口でなんて、がさつもいいとこ……」
 渋面を通り越して眉間に皺を作りかけたアリスは再度絶句した。
花だ。バスケットいっぱいに、美しい花々が見える。
「へへ、綺麗だろ」
「魔理沙、贈り物って、これを、私に……?」
「そう言ったぜ」
 呆けたように花に釘付けのアリスを見て、魔理沙は内心で拳を握った。
魔法の森に住み、自分と比べれば出歩く事の少ないアリスは異変に気づいていないという予想が大当たりだ。
「こんなに沢山のお花を贈られるなんて。あら、でも……どれもこの季節に咲く花だったかしら。
違うわよね……四季を内包する箱庭でも作ったのかしら。力押しの魔法や役に立たない魔法ばかりじゃないのね。ああ、本当に綺麗。素敵だわ……」
「おーい、受け取ってくれないのか? あと、中に入れて欲しいんだが」
「あ、ごめんなさい、もちろんいただくわ。ありがとう魔理沙。入ってちょうだい」


        *****************


 アリスは大分機嫌がいいらしい。
普段は人形に入れさせている紅茶をアリスが手ずから入れてくれた。押し付けることに成功した魔理沙はほくそ笑む。
アリスの家において客人扱いされたのは久しぶりだ。なにしろ紅茶の件以前に、何をしでかすかわからない魔理沙を一人にしておく事が普段ならありえない。
 この場にいないアリスはというと、贈られた花を抱えて別室に行ってしまった。
おそらく花瓶に活けるために持っていったのだろうと魔理沙は考え、お茶請けを頬張りながらくつろいでいた。
 部屋を出る前にアリスが泡盛草、アネモネ、スターチス、すみれ、シロツメクサ等を手に取りながら真っ赤になったと思ったら、ヒアシンスやスカビオサを見て不思議な顔をして、鬼百合やロベリアや白粉花を見てがっくりと肩を落として最終的にため息をつくという、魔理沙にはよくわからない反応をしていたのが気になったが、とにかく上機嫌でもてなしてもらえるらしい。
「しかし待たせるな……」
 じわじわと部屋の調度をあさりたい欲求が出てきていたが、花を渡した時のとても嬉しそうなアリスの表情に気おされて、なんとなくおとなしくしていると、ドア向こうからアリスと人形の足音が聞こえてきた。
「お待たせしたわね。さ、みんな入って」
 戻ってきたアリスを先頭に、その後ろから大小ちぐはぐな数十の人形がぞろぞろとあらわれた。
さまざまな人形達に共通しているのは、どれも頭や胸元を花で飾っていること。
 へぇ、と魔理沙の口から感嘆がもれる。詰んできた花は種類も量もまちまちだったのだが、花は見事に個々の人形にあしらわれていた。
「家中に飾ろうとも思ったけど、本当に沢山の花だもの、せっかくだから人形達にあげることにしたの。ほらみんな、お花をくれた魔理沙にお礼をして」
 促すアリスを待っていたように、人形達が動き出した。
 礼儀正しく、お辞儀をする人形。
 誇らしげに胸元の花を強調する人形。
 親指を立てる人形や、ポーズをとる人形。
 魔理沙の周りを飛び回る人形。
 それぞれが、無音ながら最大の謝辞を示した。
「似合ってるぜ、お前達。アリスのセンスがまっとうで良かったな、ホントに」
 人形達の様子に、わずかに照れながら応える。
 それを聞いた人形達ははしゃぐように踊り始めた。
「どうしてまっすぐ褒められないのよ」
 呆れた声を出しているが、人形を褒められて悪い気分ではないらしい。
 踊っている人形達がその証明でもある。


        *****************


 一つの部屋をホールとして、人形達がブルースを踊っている。
地に縛られない人形達は空中で手をとりあって踊り、部屋の隅にはやはり人形による楽隊が組まれ、舞踏会が演出されていた。
 人形ではない踊り手は一人。複数の人形に手をさしのべられ、音楽の切れ目ごとに新しい人形と踊りに興じる魔理沙だった。
 客人はもてなすのが主の務めとして、アリスが催した舞踏会だが、アリス自身は踊ることなく部屋の隅で椅子に腰掛けている。
 そんなアリスを見て、踊りにひと段落をつけた魔理沙は隣に座った。
「なんだ、人形ばかり飾って自分では花を持ってないと思ったら、私は壁の花ですとでも言うつもりか?」
「そういうわけじゃないけどね。人形が楽しそうに踊っているのを見てるのが好きだから。
 今日はいつもみたいな人に見てもらうための劇ではなくて、人形達も自分達の為に参加し、踊る。みんなの為の舞踏会よ。
 ふふっ……花でおめかししてるからか、なんだか本当に嬉しそうだわ」
 まったくの嘘ではないが、参加をしない理由は他にもある。
 アリスは人形を命令により稼働させている。
 長期的な命令も可能なため、端から見る分にはまるで自律した人形のようであり、
アリスの目的を『自律する人形の作成』と聞いた者は首をかしげたりもする。
 しかし、精密な動作を命じたり、かつて命令した経験の無い動作を行わせたりするとなれば、リアルタイムの命令が必要になる。
 今回の舞踏会というケースもこれにあたり、少なくとも意識を向けて命令をしていなければ、
複数の楽器による重奏をさせながら部屋中を人形が優雅に踊る舞踏会を演出することは出来ない。
 人形繰りを行う上での単純な魔力消費の観点からなら余裕もある。しかし人形達が動いているという事は、
アリスが擬似的に同様の動きをシミュレートしているということで、さらにそれを統率しなくてはならない。
数十の個別に動く人形達に発せられる命令はさながら難解な演算を瞬間的に解き続けるようなもので、アリスの思考はかなり圧迫されている。
「魔理沙にお花をもらわなかったら、こんな事考え付きもしなかったかもしれない。ありがとう、魔理沙」
「あー……その、どういたしまして? それより、見てるのも悪くないけど、参加した方がおもしろいぜ?」
 忘れかけていたが、もはや処分に困った花を押し付けにきた事は言えないなと思いながら、魔理沙は手を伸ばした。
「あら、あれだけ花を摘んできたのに、壁の花も?」
「どれだけあっても、特別な花があったら摘みたくなるだろ?」
「慎ましやかに咲いている花を無理に手折るなんて酷いわね。私なら、摘まずにそのまま愛でるわよ」
「その花が私に似合うなら。拒まれでもしないかぎり」
「大丈夫、嫌がってはいないみたいよ」
 自分が踊るとなると、正確に制御できる人形の数は減る。
 だから、アリスは魔理沙の手をとりながら何体か人形を休ませようとした。
「あれ……みんな踊ってる……?」
 音楽が途切れることも無く、人形達は休むことなく即席の舞踏会を楽しんでいる。
別に、アリスの意思を介さず勝手に動かれているわけではない。どの人形も楽しそうにペアを組んだり、輪を作ったりして踊っている。こうしてほしい、とアリスが無意識的に考えたままの状況だ。
 アリスが集中していない現状で再現されえる状況ではないのだが。
「調子がいいのかしらね……まあ、いいか」
 棚上げして楽しむことにすると、アリスは恐らく魔理沙はダンスの種類や規則をきちんと把握したりはしていないだろうと考え、
音楽を担当する人形達にテンポが遅い曲を奏でさせた。
「音楽変えさせたな? 気をつかわなくても見様見真似でなんとでもなると思うぜ」
「やっぱり見様見真似だったのね。そんな風に忙しく踊らないでゆっくり楽しめればいいと思っただけよ」
「ああ、チークがいいのか?」
「違うわよっ」


        *****************


「食前酒をかぱかぱあけないでよ。シャンパンでお腹いっぱいになって料理が食べられません、なんて言われても困るわよ」
「酒は別腹だから大丈夫だ」
「別腹から使うのね……」
「しかし、たまにこの家の雰囲気を味わうと上品な贅沢をしている気分になるな」
 略式ながらも洋風のコース料理が出てくるような場所は幻想郷では紅魔館とアリスの家くらいであり、
しかも紅魔館の料理は材料の問題もあって食べられたものではない。気分ではなく実際に贅沢そのものである。
乾杯でグラスをぶつけようとしてくるわ、シャンパンの泡を見る間もなくグラスをあけていくわで、魔理沙のその振る舞いはとても上品とは言えないが。
「な、なんなら、もっと来」
「まあ、それ以上になるとちょっと肩が苦しくなって困るんだけどな。茶漬けが恋しくなるというか」
「……なにか相応の代価でもいただこうかしらね」
「花摘んできたろ?」
「……もう」
 諦めたように微笑み、嘆息するアリスの横に、料理を載せたカートを押す人形があらわれ給仕を行う。その胸にも、花が添えられていた。
「あら、いつもとなんだか味が違う……? おいしい……」
「いいことじゃないか。おいしい料理は大歓迎だぞ」
 一人ではなく、食卓を二人で囲んでいるからだろうか。
「だって、いつも教えた通りに作るのに……それに、加減が違っておいしくなったとかじゃなくて、別の料理に使う香辛料が足されてるような気がするのよ」
「あー……アリス。花って人形全てに配ったか?」
「さすがに全員に配るには足りなかったけど、動いてる子にはつけてあげてるわよ」
「なるほど。どうりで」
『ありがとう……』
「え……? 魔理沙何か言った?」
「言ったぜ?」
『花も悪くないが……』
「そう。って、嘘よ。違う声がしたもの」
「ばれたぜ」
『人の形の躯をもって、とても素敵な時を過ごせた……』
「あー。別に、そうしようとしてこうなったわけでもないんだけどな」
『おいしいって言ってくれて、ありがとうね……』
『ダンス、楽しかったよ……』
 乞われれば避け、求めていなされ、ぶつからず、とらえられず……そんな言葉遊びが魔理沙は大好きだ。
 だから今まではここで妙な理屈を並べ、憎まれ口を叩いたかもしれない。
 別に閻魔の顔がうかんだわけでもないのだが、素直な言葉を彼らに送った。
「ああ、喜んでくれて私も嬉しいぜ」
 明日からはどうなるかわからない。けれど、今夜くらいは素直に口をすべらせていいと思ったのだ。
「え、え、やっぱり人形なの? 私の人形が勝手に喋ってる? 自分から喋ってる!?」
「よかったな、アリス。今回の異変、しっかり参加できて」
「ずるいわ! 私の人形なのに魔理沙だけ会話して!
 ほら、私と話しましょう? ね? どうしたの? さっきみたいに喋って、お願い」
 人形は応える事はなく、沈黙したままである。
「うう……どうしてなのよ……」
 ただ、人形達の無機質な顔は、魔理沙には微笑んでいるようにも見えた。
「アリス、明日になったら外に行こうぜ。はしゃぎすぎの連中もいるが、きっと気に入る」
 素直になるのも、悪くはないようだ。

to be next phantasm

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